スポーツカーはそんなに売れていない。日本市場における日本車だけをみても2018年度は登録車(軽でない乗用車)と軽自動車を合わせて527万台超が販売されたなかで、スポーツカー的なクルマは5万台弱しか売れなかった。
台数は9パーセントだが、人気となるとべつの話で、スポーツカー愛を熱く語るひとは多い。ホンダS660のような軽を入れて、日本では10を超えるスポーツカー(あるいはスポーティなモデル)が販売されているのもその証拠といっていいだろう。
そこにあって、トヨタ自動車が2019年5月に発売した新型スープラが歓迎されたのは、当然のことである。後輪駆動の2シーターで、全長は4380ミリしかない。ホイールベースもトヨタ86より100ミリ短いがトレッドは広い。それによってベストハンドリングをめざしたというのだ。
実際にスープラは開発者のこだわりに満ちたスポーツカーだ。トヨタとBMWとの包括提携から生まれた第1弾というのは、すでに報道でご存知の読者も多いだろうが、開発を主導したのがBMWであっても、トヨタの技術者は理想のクルマを作りたくていろいろ注文をつけたそうだ。
そのうちのひとつがトヨタが大事と考えるニュートラルなステアリングだ。ニュートラルとはカーブを曲がるときに、速度域が多少高くても外側にふくらんでいかないこと。ラインを乱れずに走ることで100パーセントのトルクがつねに駆動のために使われるので、たとえばサーキットでも速度が落ちない。
注目してほしいのは、いっぺんに3つのモデルが発表されたことだ。250kW(340ps)の3リッター直列6気筒エンジン搭載モデル「RZ」を頂点に、2つの2リッター4気筒モデルがラインナップされている。ひとつは190kW(258ps)の「SZ‐R」、もうひとつは145kW(197ps)の「SZ」だ。
どれを買うべきかという質問に即答するのはむずかしい。3車種とも異なった魅力があるからだ。そういうクルマは久しぶりだ。たいてい複数のグレードがあっても、結局、このモデルしかない、と特定できることが多いからだ。
スープラはそれに対して、サーキットも視野に入れているなら「RZ」を、ありあまるパワーを公道でも楽しみたいなら「SZ‐R」を、そして運転が堪能できるスポーツカーが欲しいなら「SZ」を、というように三車三様の魅力を持っているのである。
スープラの姉妹車ということが出来る、BMWの新型「Z4」とともに、ひと足先に日本市場に導入されていた6気筒エンジンは、パワフルのひとことだ。BMWのエンジニアが精魂こめて開発しただけあって、上の回転まで使って高速を走ると、しびれる。どこまで加速していくのだろうと、オソロシくなるほどだ。
4気筒の「SZ‐R」は気筒数が少ないぶん鼻先がより軽い印象で、カーブでの動きは軽快だ。サスペンションには(「RZ」と同様)電子制御ダンパーが組みこんであるし、コーナリング中の駆動輪のトルク配分を適正化するアクティブディファレンシャル(ギア)も装備される(やはり「RZ」も)。
小さなカーブでもくいくいと曲がるが、特に中高速コーナーが得意だ。アクセルペダルの微妙な踏み込み量に即応するし、ブレーキの効きは繊細かつ強力である。変速機は8段のオートマチックで、BMWによるシフト時間を詰めたスポーツタイプが搭載されているのだ。
スポーツATは、ドライビングのスタイルに応じて、シフトスケジュールを電子制御するので、スポーツドライビングがしたいときは、上の回転域までエンジンをひっぱって加速することも楽しめる。
「SZ」は上位2モデルに較べるといくぶん粗削りだ。サスペンションはコンベンショナルな機械式だし、ディファレンシャルギアにも電子制御機構はない。でもエンジンパワーは適度で、がんがん回して走れる。そのとき乗り心地が多少ごつごつするかもしれないが、ダイレクトなフィーリングこそスポーツカーというかんじだ。
というわけで、いちど乗ってみることをお勧めする。いまの時点でもっとも売れているのは6気筒モデルというが、クルマ好きは自分で判断してみてほしい。価格は「RZ」が638万8889円(税別)、「SZ‐R」が546万2963円(税別)、「SZ」が453万7037円(税別)だ。
小川 フミオ/Fumio Ogawa
慶應義塾大学文学部卒。複数の自動車誌やグルメ誌の編集長を歴任。そのあとフリーランスとして、クルマ、グルメ、デザイン、ホテルなどライフスタイル全般を手がける。寄稿媒体は週刊誌や月刊誌などの雑誌と新聞社やライフスタイル誌のウェブサイト中心。