オーディオ好きの究極の夢はリスニングルームを作ること。長年をかけて選んできたプレーヤー、アンプ、スピーカーを配置して、近所に気兼ねすることなく防音された部屋で、好きな音楽を大音量で鳴らす。全身で低音の振動を感じる。しかし、そこに到達できるのは一握りの幸運な人だけ。その狭き門を別のアプローチで突破しようとするのがポータブルオーディオの世界なのだ。

スピーカーの場合、空気の振動は拡散したり、反射したり、吸収されたりするため部屋の影響を受ける。つまり、リスニングルームという「理想の部屋」が存在しなければ、どんな高価なスピーカーもその実力を100%発揮することはできない。一方でポータルブルオーディオはスピーカーに見切りを付けて、ヘッドフォンを選択した。部屋の空気を介在させずに、耳のすぐ近くにドライブユニットを置くことで、左右に広がる音場感と引き換えに、部屋の大きさや形状に左右されず、重低音や大音量をいつでもどこでも再生できるようになった。同じハイエンドでも、スピーカーの1/100の価格で製品化できるうえにリスニングルームを作る必要がないというコスパのよさもある。

Astell&Kern「A&ultima SP2000」

「A&ultima SP2000」のCopper(左)とStainless steel(右)。いずれも44万4426円(税別)

Astell&Kern(アステルアンドケルン)はハイエンドDAP(デジタル・オーディオ・プレイヤー)の開拓者として知られるオーディオメーカーである。2014年に「AK240」を直販価格28万5000円という高額で発売したことで注目を集めた。それまでのDAPとヘッドホンの組み合わせでは、音に広がりが得られないという弱点があった。「AK240」は音楽の情報量を増やして、音の輪郭をハッキリさせて、ボーカルや楽器の位置、奥行きが感じられる音を再生した。これ以降、ハイエンドのポータブルオーディオでも音場感が重要視されるようになった。

Stainless steelかCopperか

ポータルブル機器であるDAPは携帯することを考えれば軽い方がいい。しかし、近年のハイエンドDAPは重くなる傾向にある。SONY「Walkman NW‐WM1Z」の重さは約455g。「SP2000」は銅製が約432.4g、そしてステンレス合金製が約410.8gである。400g以上もある鉄の塊をポケットに入れて歩くのはどうかと思われるが、ハイエンドの世界は音質最優先なので、不便や不合理には目をつむるのである。

理由はまだ不明だが、DAPの音色は、その筐体に使われた素材のイメージに近づく傾向がある。「SP2000」の場合はステンレス合金は音の輪郭がクッキリとして余分な響きが少なく、レスポンスが良く、やや硬質な音になる。銅の場合、女性ボーカルには華やかな響きがあり、楽器は消え際の音の余韻が美しい。音色はやや暖色系になる。内部の回路構成と部品は全く同じでも筐体だけで音が変わる、それがオーディオの奥深さなのだ。

ドイツ、ミュンヘンで生まれたULTRASONE

ハイエンドのヘッドフォンは、プロ用機材を作っているメーカーから生み出されることが多い。プロ用機材で培ったノウハウを金に糸目を付けないコンシューマー用に注ぎ込む。その結果、ブレイクスルーがおこり高音質なヘッドフォンが開発されるのだ。

今回、紹介するULTRASONE(ウルトラゾーン)は1991年にミュージシャンであり、エンジニアでもあったDr.フロリアン・クーニッグ氏によって創立された。彼はヘッドフォンが外耳の反射を無視しているために自然な音場感が得られないと考え、自分が理想とするヘッドフォンを具現化するためにULTRASONEを作ったのである。

ULTRASONEは創業から少しの年月で60以上の特許を取得して、脳に無理をさせない、長時間聞いていても疲れず、自然な臨場感を持つ音を再生するヘッドフォンを製品化している。

低域の密閉型、音場感の開放型

上:「Edition 15 Veritas」/下:「Edition 15」。39万352円(税別)

「Edition 15」はULTRASONEの開放型のハイエンドモデルである。では、開放型とは何か。ヘッドフォンは振動板が前後に動くことで空気を押して、これが鼓膜に届くと音として認識される。ドライバーの裏側を完全に密閉すると空気が抵抗となって振動板が動きにくくなる。そこで後面から前面と干渉しないようにうまく音を逃がしているのが開放型なのだ。開放型は振動板が動きやすくなるため微細な信号が再現され、情報量が多く、音場感に優れた音を再現できる。

しかし、開放型は音漏れがするので、屋外などでのモバイル用途に向かないし、周囲の騒音も聞こえてくる。そこで生まれたのが密閉型である。ドライバーの効率が下がるのだが、ハウジングを完全に密閉してしまい周囲に音を漏らさない。この構造には低音の量感と音域を伸ばすというメリットもあり、開放型よりも低音再生では有利になる。

2×2の組み合わせで好みの音を追求

密閉型と開放型のハイエンドヘッドフォン、ステンレスと銅のハイエンドDAPを自由に組み合わせて、試聴できるという贅沢な環境で、それぞれのペアを試聴してみた。最も音場感で有利なのは、銅製の「SP2000」と「Edition 15」のペアだ。低音重視ならステンレス合金の「SP2000」と「Edition 15 Veritas」の組み合わせ。しかし、ステンレスと銅では音色も違うため、一概にどちらがいいとは言い切れない。

それぞれ80万円を超えるハイエンドのヘッドフォンとDAPのペア

実際、聞いてみると「Edition 15」の描く緻密な音の世界に引き込まれる。聞いたのはハイレゾ音源で井筒香奈江のアルバム「Laidback2018」から「You Are So Beautiful」。この曲はささやきかけるようなボーカルから始まる。特にヘッドフォンで女性ボーカルを再生すると、自分だけのために歌いかけてくれるように聞こえる。これは実際のライブよりもいい。ライブハウスはミュージシャンの正面に座れる特等席は限られている。さらに空調や換気扇などがあり暗騒音レベルも高い。ボーカルも、ベースも、ピアノにもマイクが立てられ店のアンプやスピーカーで増幅された音が再生される。生演奏のライブ感はあるが、音質だけで言えば、ハイレゾ音源を上質なヘッドフォンで聞いた方が曲のディテールまで再現されるのだ。究極のオーディオ環境を実現させるための部屋作りには多くの困難が伴うが、それを頭内に限れば、ヘッドフォンとDAPだけで完成できる。一生モノと考えれば、その価格も現実的に思えてくるだろう。

ゴン川野/Gon Kawano
フリーランスライター。専門分野はオーディオとデジタルカメラ。オーディオはアナログレコード時代から、カメラは白黒&カラーフィルムの現像、プリントから学んだ。@DIME、ASCII.jp、GetNavi、家電批評、価格.comマガジンなどに執筆中。

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text:Gon Kawano
photograph:Wataru Mukai