――まず役員の方たちにお尋ねします。見た目から変わろうという佐藤社長の企てに役員も巻き込まれてしまいましたね。実際にパーソナルスタイリングコーチングを受け、ファッションコーディネートしてもらった感想はいかがですか。

【斉藤斉】初めての経験でしたが楽しむことができました。スタイリングコーチングでは私の音楽の趣味を聞いてもらい、出来上がったのが赤いジャケット。ロックンローラー風です(笑)。2人の娘や友人からは「らしいね」と言われたので、まんざらでもありません。

【三輪崇夫】ライトグレーのジャケットを選んでもらったのは新鮮でした。自分のイメージカラーは茶色と思っていたので、新たな自分発見になりました。ファッションにも興味が出て、最近は自分でアイロンがけを頑張っています。だんだんうまくなるし、きれいにしわが伸びると気持ちがいいですね。

【竹原栄治】自分の性格をヒアリングしてもらい、選んでもらったのが黒っぽいチェックの上着でした。自分の抱いていたイメージとは違和感はありませんでしたね。周囲から「会社のお金で作ったんだろう」と言われたので、自分のポケットマネーだよと全力で否定しておきました(笑)。

――ここからは佐藤社長にお聞きします。ご自身だけでなく、役員まで巻き込んでファッションを変える試みは結構な無茶振りですね。

うちの役員たちは私の無茶振りには慣れています(笑)。役員は同じ顔ぶれで役員会議も同じような雰囲気ですから、着ているものを変えてしまえという発想です。

当社は、プリント配線板(PWB)の表面を覆い、回路パターンを保護するソルダーレジスト(SR)という絶縁インキ世界ナンバーワンメーカーです。PWBはIT機器やデジタル家電、車載用電子機器などあらゆるエレクトロニクス製品で利用されるので、SRの需要も大きいのです。

そのため事業が今すぐ悪化する心配はありません。しかし製品の仕様が大きく変わったとき、それに対応できないとダメージが大きい。10年くらいの長さで市場がどうなるかを見据え、ゆっくり「変わる」必要があります。

会社のビジョンを語る佐藤社長。長期戦略の重要性を説く

――世界的に強い製品を持っているがゆえに油断もしてしまう。すると変化に遅れる危険があるので、自分たちも変わる意識は持っておかなければいけないのですね。

私が2011年に社長に就任したとき、主力製品の売り上げが落ちていて、強い危機感を覚えました。しかし会社にずっといる社員の中にはそれほどの焦りは見られません。そのときは大丈夫だけど、3年後には大変な場面を迎えると予測できました。

私は階層に関係なく、会社の置かれた状況を理解してくれそうな人をつかまえては売り上げやシェアのデータを示しながら将来の危険を伝えていきました。ただ、それは理解できても、「ではどうしたらいいんですか?」と聞く社員が多く、そのとき自律型の人材を育てる必要があると思いました。

また、人が成長するには成功や失敗の経験をたくさん積む必要があります。実戦経験を重視し、部門横断型のチームのリーダーとして新製品の開発に当たらせたり、もっと上のレイヤーでは子会社の経営を任せたりして、育成の環境を用意しています。

――人材の育成とともに佐藤社長が今、力を入れているのが創造性をはぐくむオフィス作りです。

オフィスの環境をよくしたからすぐに創造性が高まるわけではないとは思います。でも、環境が悪ければ会社に来るのが楽しくなくなってしまいます。どうもメーカーは職場環境に疎くなりがちです。

とくに社員食堂は一度見てもらいたいですね。施設はきれいですし、何より食事が美味しい。地元の本当に美味しい食材だけを集め、調理の人たちに「唐揚げとハンバーグを極めよう」と発破をかけています。料理の中で一品でもレベルが高くなると他の料理の水準も自然に引き上げられます。唐揚げ選手権に出してもかなりいいところまでいくんじゃないかな(笑)。

社長はコーポレートカラーの緑を身につけ、自ら愛社精神を示しているという
ネクタイやチーフ以外にも、緑色の小物をみつけると思わず買ってしまうとか

――一つを引き上げると他も上がるのは、人材育成や組織の成長にも通じる気がします。最後に、佐藤社長の自己研鑽や趣味についても教えてください。

情報を得る方法は他の経営者も含め、いろんな人と会うことですね。そんな出会いの中で、ある経営者に誘われて12年前から坐禅を続けています。月1回、1時間の坐禅です。最初の頃は、和尚さんに「何も考えないで」と言われ、無になるのが苦痛でした。それなら考え尽くしたらいいんじゃないかと意識を変換したら坐禅が楽しくなりました。座る前に経営課題を一つ立てて、1時間ずっと考え続けます。たとえば、この人を人事異動したら組織にどういう影響が出るだろうかと考えるのです。1時間考えるとたいてい答えが出ます。今は会社でも坐禅のできる場所を確保し、年数回、十数人の社員と一緒に足を組んでいます。

――音のない世界で、じっと1時間座って考え続けるのは、大変貴重な時間ですね。経営課題を解決するために経営書も読まれますか。

以前は読んでいましたが、今はもっぱら歴史ものや娯楽小説ですね。塩野七生さんや宮城谷昌光さんの作品をはじめ、いろんな本を読みます。経営書は成功事例を読んでも、それぞれ特異なケースが多く、直接参考にならない気がします。歴史ものには普遍性が描かれていると思うのです。たとえばどの時代でも支配者は新しい勢力が出てきても必ず相手をなめてしまって、それが後に負けにつながります。

歴史ものを読みながら、当社には世界のトップシェアを持つ製品があるけれど、おごらず、緊張感を持ちながら経営しなければいけないと自戒するわけです。

佐藤英志/Eiji Sato
太陽ホールディングス代表取締役社長
東京都出身。1992年、中央大学経済学部卒。監査法人に勤務した後、独立。コンサルティング会社経営を経て、2008年に太陽インキ製造(当時)社外取締役に就任。11年から現職。

text:Top Communication
photograph:Sadato Ishiduka
hair & make:RINO