――今までビジネスファッションを考えるうえで、師となる方はいらっしゃいましたか。

まず、お会いする一流ホテルの支配人や高級旅館の経営者の方たちです。格式を重んじながら、どこかオシャレな演出があります。そういう方たちから日々刺激を受けています。近いところでは一休の副社長から今はPayPayの社長に転身した中山一郎さんです。いつもポケットチーフをしていてネクタイとの組み合わせも上手です。

――師の教えが伝わっているのか、榊社長のネクタイとチーフの組み合わせもうまいですね。ネクタイの色味も面白い。

ユニークでしょ。見る角度によって色が変わります。これは羽田空港のショップで見つけました。3種類あってどれも素敵でしたが、これから飛行機に乗るところだったので3本買うのは邪魔になると思い、1本だけ買って、残りの2本は帰りに買おうと思っていたのです。ところが飛行機を降りてショップに行ってみたらもう売り切れていました。大失敗です(笑)

――それは残念でした(笑)。一流ホテルや高級旅館では「靴」の善し悪しで客を判断するとも聞きます。真意はともかくとして榊社長は靴に英国ブランドを選び、足元のオシャレにもかなり気を配っている感じがします。

所有している革靴はたったの5足しかありません。気に入った靴を長く履きたいと思っています。先日、25年間修理を重ねながら履いてきた靴を初めて買い換えました。同じモデルの買い替えですが、これが6足目でしょうか。新入社員のときに買ったジェイ・エム・ウエストンです。大学1年生のとき南青山のお店の前を通ったときは、「こんな高級な靴は一生履けないんだろうな」と思っていたのですが、銀行に就職して最初のボーナスで買ってしまいました。

――上質な靴を長年愛用するのも一種の贅沢かもしれません。贅沢と言えば、会社として取り組もうとしているのが、心の贅沢の提供です。どう顧客に訴求していきますか。

年1回1週間くらい、豪華な海外旅行をするのも贅沢でしょう。しかし残りの360日は贅沢を諦めるのか。それは日々の過ごし方としてもったいないと思うのです。私たちは身近な非日常の経験を通して、日常の中にちょっとした贅沢を提供したいと思っているのです。

それが味わえるのが一流のホテルや旅館、レストランです。豪奢なインテリアや生け花、居心地のよさに徹底的に気配りした照明や音楽。吟味した食材に、料理と相性がピッタリのアルコール類。豊かな時間を過ごせる芸術的空間です。

――ホテルや旅館で過ごすときのコツはありますか。

ウィークデーはホテル、週末は旅館で過ごすと非日常感が大きいと思います。そしてその空間にふさわしいファッションを心がけるのがよいと思います。

たとえば、朝、一流ホテルのレストランに入ると、外国人のお客様がスーツにネクタイを締めたフォーマルな格好で朝食をとっているところに出くわすことがあります。ホテルの雰囲気に馴染んでいていいなと思います。私もあえて各役員との個別ミーティングはホテルと決めて、朝の8時半から朝食を取りながら開いています。

――ただ、空間は曖昧なものです。贅沢と感じる人もいるでしょうが、まったく感じない人もいると思います。

すぐに感じられなくてもいいのです。むしろ良さが簡単に伝わるものは面白くありません。オペラや歌舞伎、ワインにしても最初はとりつきにくいし、ある程度時間をかけないと本当の良さが理解できません。しかしいったん面白さが分かってくると虜になってしまいます。

――榊社長ご自身はワインにハマってしまったとか。

美味しいワインを飲むと、もう一回出会いたいと思います。だから漫然と飲むのではなく、どこの国・地方のワインか、ブドウの品種は何かなど、ワインを飲みながらそのボトルを頭の中にマッピングしています。


外での会食はもちろん、自宅でもワインを楽しんでいます。その日に1本飲むのではなく、半分とっておき、翌日は残りの半分と新しく開けるワインの半分を味わうのが我が家流です。こうすると1日で白と赤など、2つの違うボトルを楽しむことができます。家族と一緒に食事をするのが楽しくなり、ワイン好きは家庭円満の秘訣でもあります(笑)

――特にお好きな銘柄はありますか。

フランスのブルゴーニュやイタリアのバローロなどが好みです。ボルドーも飲みます。ボルドーは新酒の先物販売であるプリムールワインをロンドンのワイン商でケース買いします。飲み頃になるまで向こうに置いておけるので便利です。

榊 淳/Jun Sakaki
一休代表取締役社長
1972年熊本県生まれ。96年慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。2001年スタンフォード大学大学院で修士課程に進学。03年ボストン コンサルティング グループに入社。その後コンサルタントを経て、13年一休入社。16年から現職。

text:Top Communication
photo:Tadashi Aizawa
hair & make:RINO