――カフスボタンは新人時代から身につけているものです。相当物持ちがいいですね。

少々高くても、良質のものを買っておくと長持ちして、結果、お得だよと若い人にも話しています。ジョージジェンセンの時計やパーカーのボールペンも何十年も使っている愛用品です。時計は文字盤が見やすくて、形がシンプル、余計な装飾のないデザインがいいですね。

ボールペンは銀行に入って7~8年目にいただいたものです。頭取が全国銀行協会の会長となり、私は最末席の会長スタッフに就きました。1年間、多忙を極めた「ご苦労さま」の“恩賜”の品です。だから、これも40年選手ですね。良いモノは使うほどに、時間がたつほどに価値が増すように思います。

シンプルで飽きの来ないものを長く愛用するのが社長のスタイル

――若い人にもぜひ知ってもらいたい話ですね。ハワイアンズではスタッフには制服があります。ふだんは肩の張らない服装が一般的だと思いますが、ビジネスファッションについて何かアドバイスすることはありますか。

若い人には、スーツを着るときは基本が大事だよと言っています。スーツは無地かピンストライプが落ち着いて見えます。スーツとシャツとネクタイの3点セットで、柄を入れるのは1つが無難、多くても2つまでが限度です。3つとも柄を入れると目立つのが身上の大道芸人風になってしまいます。

――井上社長ご自身もハワイアンズではアロハ姿が多いとはいうものの、お客様の前に出るときは正統派のスーツスタイルですね。

私が銀行で国際金融に携わっているときは外国人の金融マンのスーツ姿が本当に格好良かったですね。その人たちが総じてエルメスのネクタイを締めていたので、私もエルメスを愛用するようになったのです。

先日、白のシャツと紺のスーツを着た格好で自宅を出るときに、女房から「おとうさん、やっぱりスーツのほうがビシッとしていていいわ。ちょっとお腹は出てきたけど」と言われました(笑)

――今はアロハ姿もサマになっていると思いますが(笑)。井上社長が常磐興産に来た2013年はまだまだ東日本大震災の影響が色濃かった時代でした。東北地方のレジャー産業も不振からなかなか立ち直れませんでした。その中で、どうやって会社を元気にし、また財務内容を改善しようとしたのでしょうか。

現場を回って正確な情報を得るとともにコミュニケーションを重視しました。たとえば2013年は震災からまだ2年しかたっていなくて、みんなの表情も暗くなりがちでしたから、「ハワイはもっと明るいと思うよ」と声をかけました。すると、みんなで考えて、支配人自らが腰ミノを付けたり、スタッフがお客様に「アロハ」と声をかける工夫をし、明るい雰囲気を作り出してくれました。

ハワイアンズのようなテーマパークは基本、装置産業です。常に施設に対して投資することによって飽きさせないようにする必要があります。しかし震災で被害を受けた施設の補修などもあり、借入残高が増えてしまい、新たな借入が難しい状況でした。ですから腰ミノのような費用のかからないアイデアは貴重です。社内をよく見ると、まだ活かしていない資産もたくさんありました。

――どんな資産が隠されていたのですか。

フラガールのショーは毎日見せているのに、それをDVD化していませんでした。ハワイアンズに訪れた思い出としてDVDを買って帰りたいお客様もいると思いました。それに、ショーのパンフレットがありませんでした。パンフレットはコンサートでは当たり前です。そこでDVDやパンフレットを商品化しました。このように活かされていない資産が埋もれていたのです。

――ソフト商品化が収益を生めば、借入残高も減ってきます。

加えて、IT化による業務の効率化や女性活躍などの人的資産の活用なども含め、収益力をあげていきました。

2015年には魚と一緒に泳いでいるような楽しみが味わえる「流れるアクアリウムプール」ができましたし、2017年には日本一の高低差と滑走距離を誇るボディスライダー「ビッグアロハ」を新設しました。徐々にハードへの投資にもお金を回せるようになってきました。

ホテル「モノリスタワー」も建ててから10年になるので、今後は、ホテルに関しても何かしら手を打ちたいと思っています。


――テーマパークは常に話題があるとワクワク感が生まれます。次はどんなものが登場するか、楽しみです。井上社長が常磐興産に来て6年半が経とうとしています。ここの応接室に掲げられているフラガールやハワイアンズ遠景の銅版画はご自身の作品と聞きました。ハワイアンズへの愛情が感じられます。

ハワイアンズの景色は1年がかりで作成しました。細かい作業ですし、途中でビッグアロハが新しく出来ることになっていましたから景色が変わってしまいます。しばらく手を付けなかったんです。

――確かに忍耐力が要求されそうな細かさがあります。銅版画はいつから始めたのですか。

美術は子どもの頃から好きでした。高校時代に、浜口陽三さんのあざみの版画を見たとき、その繊細な技法にすっかり魅了されてしまいました。本格的に始めたのは大学受験に失敗した浪人時代です。勉強しなければいけないときに銅版画に熱中してしまいました(笑)

でも、絵では食べていけそうもなかったので、人様のお役に立てる仕事に就きたいと思って銀行員になりました。「世の中に役立つ人になりなさい」とは父からの言葉でもあります。今後も「一隅を照らす」精神で、お客様が主役のハワイアンズを盛り上げていきたいですね。

井上直美/Naomi Inoue
常磐興産代表取締役社長
東京都出身。74年、東京大学経済学部卒業。富士銀行(現みずほ銀行)入行。常務、みずほ情報総研社長などを経て、2013年にスパリゾートハワイアンズを展開する常磐興産顧問に就任。同年、社長に就任。

text:Akifumi Oshita
photograph:Tadashi Aizawa
hair & make:RINO