――きょうは勝負服に赤のネクタイを選んでもらいました。清水社長にはエネルギーが湧く色とか。

何かを始めるとき「よし」と気合いが入り、またそれが上手くいきそうな気持ちが生まれます。成功体験と赤色が結びついているのでしょう。恐らく赤いものを身に付けていてもたくさん失敗しているはずです。それは忘れてしまったのだと思います(笑)

――ふだんはグレー系のスーツにホワイトシャツ、ブルー系のネクタイなどで抑え気味のファッションです。前編でお話しされたように、周りに不快感を与えない服装を信条としているわけですね。

私たちのビジネスはBtoBが主で、業績はお客様である食品メーカーの販売動向にも大きく左右されます。取引先も含めて周りには気持ちよく働いてもらいたいと考えています。トップの装いもビジネスも「周りのため」という意識を大切にしています。

――「周りのため」には世間も含めています。近江商人が信用を得るために大切にした「三方よし」です。清水社長は今の言葉なら「サステナブル」だとおっしゃっています。サステナブルやSDGsの言葉は欧米発ですね。

欧米人はコンセプトを作るのが上手いと思います。でも本当のところで、サステナブルに馴染んでいるのは日本人のほうではないかとひそかに思っているんです。三方よしも、売り手と買い手だけよくても、世間がよく思わなければ商売は長続きしないという精神が根付いているのではないでしょうか。

――三方よし、あるいはサステナブルの観点から、不二製油グループ本社が扱うパーム油やカカオなどの原料に危機感を持っていますね。

前編で申し上げたように食品業界はおいしくて健康的な食べ物を提供していることを誇りにしています。もちろんそれは大切ですが、「良いことをしている」という意識に隠れて、原料栽培地の環境破壊や賞味期限切れ等による食品廃棄の問題などをなかなか自分ごとにできにくいケースもある気がします。これがもし自分たちの工場から大量のCO2が出たり、汚染物質が流れ出たりしたら、まずいと思うのでしょうけど。

当社はサステナブルが問題視されやすいパーム油やカカオに頼っていますから、相当な危機感や課題意識を持っています。それで今年からMOS経営を導入し、C“ESG”Oを任命したわけです。

――サステナブルの観点から、どんな事業戦略を描いていますか。

一つ例にとりますと、大豆製品が牛乳や肉の代用品になると考えています。牛は温室効果ガスとなるメタンガスを出し、また飼育には大量の真水を必要とするため問題視されています。そのため世界の人口が増える一方で、牛乳や牛肉はこれ以上増やせない可能性もあります。

今、大豆ミートや豆乳からできたチーズ様やバター様食品など、大豆をベースにした商品が市場で注目されています。大豆は環境的にも栄養価的にも期待できる素材です。

――大豆は栄養面でも牛肉や牛乳の代用品となり得るというわけですね。

私は、大豆は神様からの贈り物ではないかと思うことがあります。

大豆はたんぱく質と炭水化物、良質の油脂などでバランスよく構成され、ビタミン類やミネラル類も豊富です。しかも大豆たんぱく質には、人が体内では作ることができず、食べ物から摂取する必要がある9種類の必須アミノ酸を含んでいるのです。栄養価的に牛乳や卵に匹敵するアミノ酸スコア100を有します。

加えて、生の大豆には消化酵素を阻害する物質が含まれ、鳥獣に食べられにくいものの、加熱すれば阻害物質は消えてなくなります。

――火を通してものを食べるのは人間だけです。その意味でも神様からの贈り物ですね。

その通りです。大豆加工素材においても、当社が70年間培ってきた代用品加工の技術が活きてくると思います。

当社の歴史を振り返ると、戦後、高価なカカオバターやミルクバターの代わりになる素材をパーム油やヒマワリ油で作るところから始まりました。やがておいしさを求めてカカオ素材そのものも加え始めます。そうした開発の過程で、植物性油脂とカカオをうまく配合・調整し、温暖でもドロドロに溶けず、寒冷でもカチカチに固まらないチョコレートの商品化を成し遂げてきたのです。

今、国内従業員の4人に1人以上が技術開発の仕事に携わっています。そしてサステナブルフーズの大豆加工技術の開発にも力を注いでいます。

――環境問題を軸に置き、会社の技術や特性を活かし、三方よし、サステナブルを実現していく。これが清水社長の構想です。トップの構想や思いを社員に伝え、浸透させるために気を付けていることはありますか。

まず「伝える」と「伝わる」は違うと心しています。自分の都合で一方的に話しても相手には伝わりません。相手の表情をよく見て、気分を察知し、自分の話が伝わっているかを判断しながら話し方や話す内容を変えていきます。

同じ事業戦略の話をするときでも、工場と支店では引用する事例やたとえなども変え、各職場の人たちがより理解しやすいように話しています。毎回、話が異なるので、記録する広報担当者は困っているようですが(笑)

清水洋史/Hiroshi Shimizu
不二製油グループ本社代表取締役社長
1953年生まれ。同志社大学法学部卒業後、不二製油株式会社入社。2008年の経営企画部長就任を経て、2010年に蛋白加工食品カンパニー長に就任。2013年より現職。同社で初となる営業系出身の代表取締役社長として、事業領域の拡大と経営のスピードアップを推進。

text:Akifumi Oshita
photograph:Kunihiro Fukumori
hair & make:Aya Kajio