――ネクタイさえ替えればどこにでも顔を出せる服装が、盛田社長のビジネスファッションの基本です。袖のカフスもフォーマル感を強くしているように見えます。

ふだんはシングルカフスで、結婚式のような公的な場所に出るときはダブルカフスで臨みます。カフスボタンはジョージジェンセンで、これは2代目です。1代目は30年近く使って金属疲労で退役しました。そのとき他のブランドも試してみたのですが、結局戻ってきました。こういう円形のシンプルなデザインが好きなんです。

――ひとつのものを長く使うのが身上でしょうか。長さで言えば、敷島製パンは2020年に創業から100年を迎えます。立派な老舗企業ですね。

日本には100年を超える企業はたくさんありますから、本当の老舗と呼ぶにはまだまだ歴史が浅いかもしれません。ですが、100年は一つの区切りです。振り返ってみれば、企業として日々、革新を積み重ね、その結果、歴史と伝統があるのだという気がします。

――変化しないのが老舗を作るのではなく、逆に変化するから生き残るというわけですね。前編でお話しされた食パンの「超熟」ブランドでもそれがよく分かります。

世の中の変化に遅れてはいけません。変化に合わせて私たちの考え方や行動を変えていく必要があると思っています。それにはお客様からどんな商品やサービスが求められているかを正確に捉え、要望に応えられるように努力を重ねていくことが重要です。

――パンの食べ方もずいぶん変化し、朝食だけでなくランチや夕食でもパンの出番が増えているように思います。

当社も夕食に食べてもらえるようなパンの開発を進めています。ただ、それは私たちが強制できるものではなく、あくまでもお客様が決めることです。大切なのは、お客様が食べたいと思ったときに、食べたいものを提供できるか否かです。

個人のお客様ではありませんが、ホテルなどで人手不足のためパン職人のいないところへ冷凍パンを卸す事業はそれなりの役割を果たしていると思います。

――人手不足が進む中、ホテルや外食産業はまだ開拓の余地がありそうです。ところで近年、食に携わる企業が絶対に無視できないのがSDGsです。

当社の創業の理念は、社会に貢献してこそ発展するというものです。儲けはその結果です。SDGsと矛盾するところはありません。私が社長に就任したときも、これから何を基盤にして経営しようかと頭を巡らした末、創業の精神に立ち戻ることに決めました。

――SDGsの枠組みで言うと、パンの材料に国産小麦を積極的に使用する取り組みも進めています。

国産のほうが値段は高いのですが、それを付加価値として差別化を図りたいと考えています。今、当社内での国産小麦の小麦粉使用比率は11%程度です。これを2030年には20%までに引き上げる目標を持っています。私たちが「国産小麦を使います」と宣言することで、農家は安心して栽培できますし、お客様が国産小麦使用のパンを選んでいただければ、日本の食料自給率に少しでも貢献できます。

――世の中の変化を捉えるために観察の大切さも説いています。前編ではフランスの例を挙げてもらいました。

日本で気がついたのは、若者の買い物行動の変化です。スーパーでスマホを見ながら買い物をしている人が増えたと感じます。料理アプリを見ながら何をつくるか、それに必要な材料は何かを確かめながらカゴに食材を入れているようです。

――今の時代、人の考え方や行動を読み解くとき、スマホやアプリは無視できませんね。

だから、私たちからの発信の仕方も考えなければいけません。すでに3年ほど前からFacebookやInstagram、Twitterなどのアカウントを通じて情報を発信しています。

――盛田社長が気づいた変化は社員と共有しているのですか。

ふだんは気づいたそばからスマホでどんどん写真に撮ってLINEのグループに上げて共有しています。海外に出かけるときは必ずコンパクトサイズのソニーのデジカメを持っていきます。ポケットに入るので邪魔になりませんし、ズームが30倍まであり、遠くのものでも写せます。何よりいいのは本体から飛び出すファインダーが付いているので、屋外で液晶が見えにくい場合でも撮影しやすいところです。カメラで撮った写真をスマホに飛ばし、それもLINEで共有しています。

――カメラは趣味ではなく、仕事用ですか。

100%ビジネス。観察用です。

――仕事を忘れるような趣味やリフレッシュ方法はありますか。

1つはランニングです。健康維持も兼ねてスポーツクラブで1時間、ひたすら走っています。走っていると何も考えないので気分がスカッとします。

それから月に一度、京都に能を見に行くのもよい息抜きになっています。能楽のシテ方五流派の一つ、金剛流の鑑賞会の会員になっています。昼前に京都に着いてお昼ご飯を食べ、1時半から5時半までの鑑賞です。

――優雅なお時間を過ごしておられますね。お腹が満ちてから能を見ると眠くなってしまいそうです。

私も半分くらい寝ています(笑)。能の解説書を見たら「眠くなったら静かに寝てください」と書いてありました。能は観客を幽玄の世界にいざなうわけですから、眠るのはそれだけ気持ちよかったという証拠。能の世界を堪能したというわけです。

盛田淳夫/Atsuo Morita
敷島製パン代表取締役社長
1954年、愛知県名古屋市生まれ。1977年成蹊大学法学部を卒業。日商岩井(現双日)を経て、1982年に敷島製パンへ。常務・副社長を経て1998年より現職。

text:Akifumi Oshita
photograph:Kunihiro Fukumori
hair & make:Aya Kajio