量を追わずに年産4万本を維持

オーデマ ピゲは1875年にスイスのル・ブラッシュで創業した時計ブランドである。老舗も新進も並み居る高級時計の世界で、その頂点的一角を占めるブランドとして知られる。2013年1月からCEOとしてブランドを率いるのがフランソワ=アンリ・ベナミアス氏である。

「まずは希少性の高さをキープしていることが大きい。われわれの生産本数は年間4万本程度。本当の意味での希少性が維持できている。そして時計製造のみならずデリバリーやマーケティングなど、ブランドにかかわるすべての人のクオリティーが高いことが、最高峰のブランドという評価につながっている。われわれのブランドは、いわばオーケストラのようなもの。個々のクオリティーが高いからこそ、全体として素晴らしい音楽が奏でられている」

ベナミアス氏は自身の役割を“オーケストラの指揮者”と位置付け、それぞれの奏者が最大限に力を発揮できるような体制を整えてきた。この間、生産本数は年間およそ4万本をキープしているが、それを可能とした理由の一つが、オーデマ ピゲが創業家一族による家族経営のブランドであることだ。資本に左右され、短期的な結果が求められる大手コングロマリットとは異なり、ロングタームのビジネスを行える経営体制が「質を求めて量を追わず」という時計づくりにつながった。

一つの機構に5~7年。課題は人材確保

年産50万本を超す大手メーカーもある中で、4万本というのは確かに少ない部類に入るが、少量すなわち高級というわけではない。時計関係者が一目置く理由はもう一つある。傘下のムーブメント製造工房、オーデマ ピゲ・ルノー エ パピとの連携によるハイレベルなメカニズム開発がそれである。

「オーデマ ピゲには143年の歴史があるが、それを振り返った上で、過去から未来にどんなものがつくれるかということを常に考えている。顧客のニーズを受けて開発することはほとんどなく、時計師や開発者から次々とアイデアが出てくる。われわれには“フリースピリット”という体質があり、自由を認めているからこそアイデアが生まれてくる。ただし、実際の開発に進むのは20~25のアイデアのうち一つ。ハードルは高い」

「ロイヤル オーク コンセプト・スーパーソヌリ」。チタンケース。ケース径44mm。手巻き。ラバー・ストラップ。時価。

この数年だけを見ても、オーデマ ピゲの開発力は際立っている。一昨年の2016年には、アコースティックギターの音響システムをモデルに、ミニッツリピーター機構の音質に徹底的にこだわった「ロイヤル オーク コンセプト・スーパーソヌリ」を完成させた。(参考記事:オーデマ ピゲ「スーパーソヌリ」の神技)。

そして今年のジュネーブサロンでもまた、通常は3層構造の永久カレンダー機構を1層構造へとまとめた革新的な新設計により、世界で最も薄い自動巻き永久カレンダー時計を目指す「ロイヤル オーク RD#2」を発表して耳目を集めた。

「機構開発はわれわれの強みだが、同時に課題も見えてきた。一番の問題は時間。現在12の機構開発が進行中で、いずれのプロジェクトも実現するまでに5~7年ほど要する。オーデマ ピゲのR&D部門に120名ほどのスタッフがいるが、開発期間を短縮するために60名ほど増やしたい。ただ、高いスキルを持っている人材を探すのは思いのほか難しくて難航している。いま一番の課題だ」