Editor's Note
フランク ミュラーが創業からわずか十数年でメガブランドへと成長した理由は、それまで愛好家のものだった高級時計を広く一般へと解き放ったことにある。時針が不規則にジャンプするかのような「クレイジー アワーズ」に代表されるプレイフル コンプリケーションの数々、そして色鮮やかなインデックスを配した「カラードリーム」をはじめ文字盤をキャンバスに見立てたような斬新なデザインは、機構好きのマニアックな世界だった高級時計の門戸を広げ、幅広い層からの関心を集めた。こうした時計づくりの根底にあるのは“世界初”“世界唯一”の時計をつくること。この姿勢は創業時から変わることはない。
Brand History
1958年、スイスのラ ショー ド フォンで生まれたフランク ミュラーは、時計学校を卒業した後、アンティークピースなどの時計の修復を手がける。20代後半からは自身の工房を構えてオリジナル時計の製作を開始。その時計のケースを製造していた会社のトップがヴァルタン シルマケスだった。フランク ミュラーがつくる世界初の腕時計や、後に「トノウ カーベックス」としてブランドの基幹コレクションになる樽形ケースの美しさに魅了され、フランク ミュラーに時計ブランドを立ち上げることを提案。意気投合した2人は1991年にテクノウォッチ社を設立し、翌92年のSIHHでフランク ミュラー ブランドとしてデビュー。以降、世界初の機構を搭載した腕時計を次々と製作し、また三次元曲線から成るケースフォルムや大胆なビザン数字が放つ独特の色香が時計愛好家以外の目にも留まり、フランク ミュラーの時計は瞬く間に世界中を席巻する。
会社の規模も急拡大し、1995年にはジュネーブ郊外のジャントゥに城館(シャトー)を改装した本社オフィスを設立。後に完成した時計工房と合わせて、時計づくりの桃源郷とすべくウォッチランドと名付けた。98年からはこのウォッチランドで独自の新作発表会WPHH(World Presentation of Haute Horlogerie)を開催。2000年代のトゥールビヨン全盛期には、フライングトゥールビヨンやボタン操作によりキャリッジがせり上がる「レボリューション」、多軸トゥールビヨンなどをいち早く開発し、2007年には36もの機構を搭載した「エテルニタス メガ4」に至った。フランク ミュラーの時計の裏蓋には“Master of Complications”の文字が刻印されているが、まさに“複雑時計の巨匠”と呼ぶにふさわしいブランドであることを示している。