アナログ式の腕時計は、時分針とインデックスの数字で時刻を知らせるのが標準的な表示方法である。しかしながら、腕時計が誕生する以前の懐中時計の時代から、針に頼らない新しい表示方法が考案されてきた。
古くには、ブレゲ創始者のアブラアン・ルイ・ブレゲが18世紀に発明したジャンピングアワーがある。これは時針の代わりにアワーを示す数字が書かれたディスクを回転させ、ダイヤル上の小窓で時表示を行う機構。針よりも重いディスクを使用した理由は、ひとえに視認性向上のためだ。針が指し示す数字を見るよりも、小窓に現れた数字のほうが把握しやすかったのである。
現代において、そのジャンピングアワーの延長にあるのがA.ランゲ&ゾーネの瞬転デジタル式時分表示である。アワーだけでなくミニッツの2桁も回転ディスクで表示する機構で、目的はもちろん視認性の追求にある。今年はさらに日付表示も加えて4枚のディスクを動かす独自機構を披露した。
こうした視認性追求のほかに、近年は針やディスク、パーツの動きを楽しむ目的で独自の機構が開発されることも多くなった。ユニークな動きが目を奪うが、その陰には緻密な設計や高度な技術が隠れていることが多い。トルクの小さいクオーツ式ではできない開発が見られるのもまたこうした機械式時計の醍醐味だ。
端正なフェースの陰に卓越した技術が隠れている
A.ランゲ&ゾーネ「ツァイトヴェルク・デイト」
A.ランゲ&ゾーネの故郷、ドイツ・ドレスデンのゼンパー歌劇場の舞台上部にある5分時計。それを腕時計で表現したのが、瞬転デジタル式時分表示を持つ「ツァイトヴェルク」だった。デビュー10周年の今年はデイト表示を加えた新作が登場。ダイヤル外縁に赤く表示される数字が日付を表す。これも瞬転式で、深夜0時に瞬間的に前に進む。8時位置のボタンは日付表示修正用、4時位置には日付表示機構と切り離して、即座に時表示だけを修正するボタンが追加された。操作性が十分に考慮されている。
時の流れを遊ぶフランク ミュラーの異彩
フランク ミュラー「ヴァンガード クレイジー アワーズ」
ダイヤル上に、一見ランダムに並んだ数字に合わせて時針がジャンプするクレイジー アワーズ機構。2003年に発表されるやいなや、その針の動きのユニークさで耳目を集めると同時に、時の流れは一様ではないとするフランク ミュラーの時間概念を象徴するブランドの代表的な機構となった。今年はこの機構を新しいアイコンとなりつつある「ヴァンガード」コレクションに初搭載。遊び心の強い機構とボリュームのあるケースの組み合わせで無類の個性を放つ。
4枚のディスクを動かす高度なメカニズムにも注目
H.モーザー「エンデバー・フライングアワーズ スーパールミノヴァ® ブルー」
青いディスク上の白く抜かれた数字(写真では8)がアワーを、数字の上部にあるマーカーが指す白い数字(写真では20)がミニッツを示す。中央のサファイアガラス製の分ディスクが回転して60に近づくと、それまで時表示を行っていたディスクの反時計回転方向にある次のディスクが回転し、アワー表示を開始する。分ディスクはアワー表示のマーカー位置に「00」がくるように仕組まれている。針を1本も使わず4枚のディスクで時刻表示を行うという発想がユニークだ。写真は、アワーディスクにGlobolight®という新しい蓄光素材を使ったモデル。
高嶺の花だった複雑時計が良心的なプライスで登場
ユリス・ナルダン「フリーク X」
ユリス・ナルダンの「フリーク」といえば、脱進機を連結させた分針とともにムーブメント自体が1時間に1回転する独特の機構で知られる、複雑時計のはしりの一つ。既存モデルにはリュウズがなく、ベゼルを回転させて時刻修正を行う仕組みだったが、新作はリュウズを設け、部品点数を減らすなど設計を簡潔化してコストの削減を図った。ケースには、カーボンファイバーから成る新素材のカーボニウムを採用。航空業界でも使用される軽量な素材で、着用感も軽やかだ。
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