「Zwift」とは室内で自転車を漕ぎながら、オンラインの仮想空間をサイクリングするアプリケーション。手持ちの自転車をコンピュータが制御する機材に接続することで、本人のペダリングに連動して画面内のバーチャル空間をアバターが移動するというシステムだ。信号や悪天候といったサイクリストを悩ませる要素に左右されることなく、屋内の整った環境でサイクリングを楽しむことができるとあって注目を集めている。現実のサイクリングでは途中でやめたくなっても、家まで帰らないといけないということがネックとなる。しかし、バーチャル空間を走る「Zwift」では好きな時間だけ好きなコースを走って、ライドをやめたいときはログアウトするだけ。なんとも都合がいいサイクリングなのだ。

始めるうえで必要となる機材は、スポーツバイク(ロードバイクなど)とZwiftアプリを表示するデバイス(PCやスマホ、AppleTVなど)、ペダリングの負荷を自動で調節してくれるスマートトレーナー、インターネット。最低限この4つがそろっていれば、「Zwift」を楽しめる。あとはサドルの上で本を読もうが、好きな音楽を流そうが自由。パーソナライズできる勝手気ままなサイクリングでもあるのだ。今回は、Zwiftユーザーに人気のスマートトレーナーを販売する「wahoo(ワフー)」に機材を借り、Zwift Japanの佐藤慎也さんの解説を受けながら体験した。

坂を上ったあとのリアルな達成感

ドラフティング効果を得ようと前のライダーに近づいている際のプレイ画面

「Zwift」のリアルライドの再現性には正直驚いた。中でも「ドラフティング効果」がペダルに反映されるシステムには感動すら覚えた。レースにおいてライダーたちは前のライダーを風よけとして使うことで、風の抗力を軽減する効果を得る。「Zwift」内でも自分のアバターを他のアバターの後ろに十分に近づけると、スマートトレーナーの調整機能によって、なんとペダルが軽くなるのだ。そのため、バーチャル空間のレースでも自然発生的に集団が発生する。

左:上り勾配20%の「KICKR CLIMB」/右:下り勾配10%の「KICKR CLIMB」

坂道における負荷のかかり方もリアルだ。上り坂ではペダルが重くなり、下り坂に入ると何もしなくてもアバターが独りでに進んでいくように、wahooのスマートトレーナー「KICKR」が自動で負荷を制御してくれる。坂を上った後にご褒美のごとくやってくる低負荷で下る時間は、リアルな峠越えと同じ達成感を味わうことができる。さらに坂道の実感を高めてくれるのが、同じくwahooが提供する「KICKR CLIMB」。前輪を外してフロントフォークとつなげることで、アプリ内の坂道の勾配に合わせて自動で車体の傾きを調節してくれるのだ。上りで20%、下りで10%の斜度まで対応しており、体勢やペダリングも実際の登坂時と同じとなる。

欲望がむき出しとなる熾烈な争い

ここまで再現性が高いと乗り手の実力が如実にアバターに反映される。だから、現実世界のライドと同じように、他のアバターに抜かれると直感的な敗北感に襲われて悔しい。同時に思わずペダルを踏み込んでしまうから面白い。現実世界では抜かれた相手を執拗に追いかけることはしない。追いかけられる方にとって露骨な闘争心は決して気分が良いものではなく、野暮ったいと思われたくない大人のサイクリストであれば闘争心に自制を効かせるものだ。しかし、不思議なことにバーチャルの世界に入った途端、サイクリングは欲望がむき出しの熾烈な争いと化す。体力が残っていなくても力を振り絞って追いかけてしまう。トレーニング効果は自然と高まるはずだ。

しばらく乗っていると画面左上に「ドラフティングブースト」というアイコンが出てきた。早速、タップしてみると急にペダルが軽くなった。一定期間ドラフティング効果を生み出すアイテムらしい。小手先のアイテムに目がくらんでいてはサイクリストとしてレベルアップは望めない! と自分を戒めた。念のため「さすがに使う人は少ないですよね」と聞いてみると「レース最後のスプリントでみんなアイテム使ってきますよ。それも含めて作戦です」と佐藤さん。……どうやらマリオカート気分で参加しているサイクリストが多いらしい。ただ、それほどに「Zwift」上で抜かれるのは悔しいものなのだということも理解できた。みんな勝ちたいのだ。

ゲーム内通貨「ドロップ」

カスタマイズについて解説してくれたZwift Japanの佐藤慎也さん

走った距離に比例して獲得できる「ドロップ(汗のしずく)」という「Zwift」内で使える通貨があり、バイクとホイールを購入し、アバターをカスタイマイズすることができる。それぞれ空力性能と重さが違っていて、バーチャルライドでもその違いが反映される仕組みだ。頑張ってペダルを回せば良い自転車に乗れるという、実に平等なシステム。また、走った分だけ経験値が蓄積されてレベルアップしたり、アプリ内のイベントを完走したりすることでヘルメットやその他アクセサリーを手に入れることもできる。ゲーム感覚でライドを楽しむことができる点も魅力の一つだ。

Zwiftに叱られる!

数多のアバターに抜かれた筆者の心に「次は抜かれたくない」という向上心が芽生えたので、ワークアウトにも挑戦してみた。これは「Zwift」が設計したトレーニングメニューを自分の実力に合わせてこなしていくというもの。ペダリングの出力を一定時間高めて、一定時間緩めることを繰り返すインターバルトレーニングが中心だ。「ペダリングの出力が一定になるようにマシンが自動で調整してくれます。サイクリストはひたすらペダルを回すことに集中できます」と佐藤さん。つまり、疲れてペダルの回転数を落として楽をしようとしても、ペダルが重くなるので決められた時間は一定の高い出力を出し続けることになる。手を抜いて明らかに出力が下がると画面上に「MORE POWER!」と表示され、「Zwift」に叱られる。マシンは容赦がないから、数字が一定数を下回ると何度だってお尻を叩いてくる。

デスクワーク中心の筆者の体がそんなワークアウトに耐えられるはずもなく、メニューの4分の1が終わったところでリタイア。自分の意志の弱さにため息が出たが、いつでもドロップアウトできる安心感はありがたい。自分の目的に合わせてペースや負荷の強度を調節することができるので実に都合がいい。

実際に体験してみて気が付いたのは、「Zwift」が初心者やファンライダーに対しては寛容に、走り込みたいサイクリストに対しては厳格に指導してくれる名コーチのような懐の深さを持っていることだ。フィットネスとして日常に軽い運動を取り入れたいだけの人も、レースに向けてしっかりとトレーニングを積みたい人も「Zwift」で満足することができるはずだ。自分に合った使い方でそれぞれのサイクルライフを充実させる手段として「Zwift」の導入を検討してみてはどうだろう。

【今回使用した機材】

左:スマートトレーナー「KICKR」15万2550円(税別)。自転車は編集者の私物を使用した。普通のロードバイクに比べるとエンド幅(後輪を挟むフレームの幅)が広い仕様であったが難なく「KICKR」を使うことができた/右:「KICKR CLIMB」7万9250円(税別)

問い合わせ情報

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Zwift

Wahoo Fitness Japan


text:Kotaro Matsumoto(PRESIDENT STYLE)
photograph:Mutsuko Kudo