いい音を鳴らす、ミニッツリピーターの“名器”

――他ブランドと比べて、音響的な側面の革新が一番のアドバンテージですか?

【カヴァリエール】各ウオッチメーカーそれぞれに工夫がありますが、基本的に音を鳴らすストライキング機構の構造は、懐中時計の時代から変わりません。これらの時計の基本は、まずムーブメントの地板があって、ゴングがそこに取り付けられ、それらがケースに取り付けられている。この基本構造はどのブランドも共通です。

オーデマ ピゲの「スーパーソヌリ」は、ゴングをハンマーが叩いて音を出すという仕組みは同じですが、ゴングが地板ではなく新開発の音響板についています。それが弦楽器のサウンドホール(注:ギターやバイオリンなどの表板に設けられた開口部)の役目をして、音を増幅します。ゴングの素材や形は非常にクラシックなものですが、調音は徹底的に研究しました。また、どこに取り付けるかも重視しました。このように、スーパーソヌリは楽器のような作り方をしています。これが、他ブランドと違うところです。

音量増幅のための音響板というアイデア。通常、地板に固定されたゴングを2つのハンマーで打ち分けて時を告知するのがミニッツリピーターの基本的な仕組み。「ロイヤル オーク コンセプト スーパーソヌリ」では従来のケース構造を見直し、音量アップのためにムーブメント下に音響板(写真、下から2番目の銅色の円盤)を入れ、ゴングはこれに固定されている。裏蓋側面には開口部が設けられ、音の拡散を助けボリュームアップを図る仕組み。
ストライキング機構の調速用重要モジュール、サイレントガバナーの模型を手に、「アンクル(赤いパーツ)の形状を変え、弾性のある素材でノイズを抑えることに成功した」と説明する。

――それが一番の売りなのですね。

【カヴァリエール】はい。現代の腕時計は非常に頑丈ですし、湿気対策もあって、パッキンをつけて防水仕様になっています。しかし、密閉構造になればなるほど音がこもってしまう。けれどもこのスーパーソヌリは、懐中時計レベルの音のボリュームを保ちつつ、1920年代につくられたリピーターのようなクリアな音を響かせることができます。さらに現代の生活に合わせた防水仕様、セーフティーガードなど、人間工学に基づいたリピーターになっています。

セーフティーガードとは、リピーター作動時にリュウズを引こうとしても引けない安全装置のことです。一般的に、リピーターが作動している間に時刻合わせをすると時計に不具合が生じます。ただ日常生活において、自分の動作が時計に不具合を生じさせるかどうかをいちいち考えるのは煩わしいですからね。

そしてもう一つの改良点。ストライキング機構がクオーター(15分単位の音)を打たない場合、昔の時計は、時間と分の音の間に長い空白がありました。スーパーソヌリでは、この無音の間を約半分まで短縮しています。


――ミニッツリピーターは複雑時計の中でも、最も難易度が高いといわれますね。防じん・防水性能を確保するためには時計を密閉構造にしなければならない。そうすると音が外に出ていかない。いわば二律背反です。これを解決するのが一番難しいのでしょうか?

【パピ】たしかに防水性能を高めるのは、音が聞こえにくくなる理由の一つです。しかし、それよりも難しいのは、リズムを一定にして正しい音に調律することです。というのは、人間の脳はちょっとした違い、狂いも感じ取ってしまうので、少しの違いでも不快に思ってしまうからです。リズムと正しい音、この精度を高めるほうが、防水よりも難しい。常に一定のリズム、一定の音でなければなりません。

それと、クオーターの場合は高音と低音の組み合わせです。その間隔を調節するのが非常に難しい。ゴングの音の調整はヤスリで削って行いますが、削りすぎてしまうとそれを元に戻すことができないので。

さらにガバナー(注:ストライキング機構の調速機。部品の速度を一定に調整する)の問題もあります。現在、世間には2つのシステムがあります。とても静かだけれど不安定なガバナーと、安定しているがノイズが大きいガバナーです。オーデマ ピゲはこれまで、いつも後者を使ってきました。安定している半面、ジジジ……と、中に蜂がいるんじゃないかというような音がするのです。このノイズはガバナーのパーツであるアンクルが調速の動きをする時に発生する音です。「スーパーソヌリ」では、アンクルの形状を変え、弾性を持ったものにしました。この新機構により、ノイズは非常に小さくなっています。これは特許を取得しました。


――「ロイヤル オーク コンセプト・スーパーソヌリ」の開発に何年かかりましたか?

【カヴァリエール】開発期間が7年、製品化に1年。計8年です。


――スーパーソヌリの発想には驚かされます。音響板もそうでしたが、裏蓋に音を拡散させるための開口部を設けるというのも驚きです。楽器の名器をつくるという意気込みがわかります。それにサイレントガバナー、セーフティーガードなどの新機構……お話をうかがって、ミニッツリピーターの新しい地平が開かれたように感じました。

ジュリオ・パピ
オーデマ ピゲ・ルノー エ パピ、ディレクター
1965年スイス、ラ・ショー・ド・フォン生まれのイタリア人。出生地がスイス時計製造の中心地だったこともあり、ごく自然の成り行きで時計づくりの道に進む。オーデマ ピゲでキャリアをスタートさせ、ほどなく同期だったドミニク・ルノーと共同で時計工房「ルノー・エ・パピ」を立ち上げ、後にオーデマ ピゲの傘下に入る。複雑機構の開発には定評があり、多くのブランドが開発を依頼している。2008年ジュネーブ・ウォッチ・メイキング・グランプリで最優秀時計師賞を受賞。今回の「スーパーソヌリ」のプロジェクトでは、サイレントガバナー、セキュリティーガード、それからベースとなるムーブメント、リピーターそのものの機構を担当した。

クローディオ・カヴァリエール
オーデマ ピゲ、グローバル・ブランド・アンバサダー
1972年スイス・ジュネーブ生まれ。大学では機械工学と経営学を専攻。97年にモバード・グループに入社。時計業界でのキャリアをスタートさせる。2007年オーデマ ピゲ入社。プロダクト製造のトップ、マーケティングのトップを歴任。14年に現職に就任。オーデマ ピゲのメッセージとアイデンティティーを伝えるという任務を負い、セールススタッフの研修プログラム、展示会、国際イベントなどでVIP顧客やプレス関係者に対応している。

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