バッグや財布や靴など、革製品は毎日使うものが多い。ふと目に入った瞬間に満足感を与えてくれる革製品は日常をいくぶん豊かにしてくれるものだ。ブラッシングやクリームといった基本的なケアは前提として、3人にはエイジングに関して一歩先の姿勢やケアについて話を聞いた。

エイジングとは持ち主の人生

ヴィンテージが好きでクラシックカーが趣味の「GANZO」ディレクター 味岡儀郎さん

――味岡さんのクラッチバッグは一目で使い込んだ感じがわかりますね。

【味岡】雑誌の企画で特別に作ったクラッチバッグで、もう17、8年使っています。はじめはハリのあった革もだいぶクタクタになってきました。

――味岡さんは革製品を長く美しく使うために意識されていることはありますか?

【味岡】実は特別なことは何もしていないんです。長持ちさせるという意識はあまりなくて、使い込むことで出る“使用感”が好きなんです。

――“使用感”ですか?

【味岡】使ううちにできる傷やくったりした風合いでしょうか。同じ商品を買っても使う人によって、革の表情はまったく異なるものになります。極端な話かもしれませんが、その人の人生とともに歩んできたような感じがするんです。使う人の“色”に染まっている革製品は魅力的ですね。

――革のエイジングに正解はないと?

【味岡】私の場合はそうです。その人のやり方で革と向き合ってきた結果、目の前にある革製品が素敵に見える、ということです。特に、今回持ってきたバッグに使われているミネルバボックスという革はそうした“使用感”がより出やすい気がします。

特別なケアはしなくても使うことで自然と磨かれて光沢が出たという味岡さんのクラッチバッグ

――革製品以外にも“使用感”を求めるものはありますか?

【味岡】ヴィンテージのギターも好きです。使う人によってギターそのものの音も変わります。革製品にしろギターにしろ、そこが面白いんです。

――自分なりにエイジングと向かい合う姿勢が問われるわけですね。

愛情を注げば応えてくれる

野球のグローブ磨きが革愛の原点という「GANZO」本店 店長 菅野聡さん

――菅野さんのバッグも、クタクタな革が何とも味がありますね。

【菅野】もう5年程使っています。元々店頭のサンプルだったものを譲っていただきました。店舗では実際にスタッフが使ってエイジングさせた製品をサンプルとして展示しています。お客様から「どう変わるのか」と聞かれることが多いのですが、言葉で説明するよりサンプルの方が説得力があるからです。

――革製品は長く使うので、買う前に経年変化後の姿が分かるのはうれしいです。

【菅野】はい、当店ではご購入前に商品を試めすことができます。特に財布などはカードや小銭を店頭で試しに入れてもらってから購入していただくようにしています。実際に使いはじめてから「想像してたより厚い」とか「カードが全部入らない」といって、買い替えるお客様もいらっしゃいますから。エイジングを楽しむには「使い続けられるアイテム」であるかどうかが大前提です。当たり前のことですが、時間とお金を無駄にしないためには重要なことです。

――店舗で働く方ならではのアドバイスですね。菅野さんはどんなエイジングに惹かれますか?

【菅野】鈍いツヤがあってやつれた感じの革が好きですね。過保護にオイルやクリームをつけすぎても、突き放してケアが少なすぎても、そうした味のあるエイジングにはなりません。

使用感がたっぷりでマットな光沢を放つ菅野さんのバッグ

――革とコミュニケーションを取りながら、絶妙な距離感を保つ……革はさながら子育てのような感覚ですか?

【菅野】そうですね。一緒に歩んでいく感じは、自分の分身という感覚もあります。ただ飾っておくだけではやつれ感や鈍いツヤって出ないんです。日頃からしっかり持ち歩いて、適度にケアすることで味が出るんです。「愛情を注ぐと応えてくれる」のも革のよさのひとつですね。

――購入するところから真剣に革製品と向き合って、愛情を注ぎ続けられるアイテムを手に入れる。エイジングはアイテム選びの段階から始まっていたんですね。

完璧じゃないほうが魅力的なのは人間と同じ

「GANZO」の職人という立場からエイジングの一手間を教えてくれた小平陽介さん

――小平さんにお持ちいただいたのは、コンパクト財布ですか?

【小平】はい、2年程使っています。表面に傷がつきはじめてきましたが、シェルコードバンは傷が馴染みやすい革なので、よい味になっています。内側の革についてはいい具合にヤケてきています。まだまだ発育途上ですが。

――革が好きな人は多くいますが、職人として革製品を作ろうと思ったきっかけはなんですか?

【小平】学生時代に買った革ブーツを手入れするうちに、ピカピカになってすごく格好よくなったんですよ。それで革製品の世界に入ろうと決めました。ただ、当時はクリームを塗れば塗るほどいいと思っていて、暇さえあればクリームを塗りたくっていました。

――若気の至りですね(笑)。現在はどんなケアをしていますか?

【小平】職人ならではかもしれないですが、縁のコバがヘタってくると専用の液体で磨きます。粗くなった表面をならして光沢を出すというものです。一般の方がコバをケアしたいなら、市販のコバ仕上げ材でも十分です。あとはバッグに入れることを徹底しています。ポケットだと革が湿気を必要以上に吸収してしまったり、上に座ってしまうことで革がよれてしまいます。保管するときは付属のフランネルの袋に入れることをお薦めします。革は乾燥させすぎるのもあまりよくありません。フランネルの袋は革に必要な湿度を保ってくれる効果もあります。

試作品のシェルコードバンの「コンパクトボックス札入れ」使用歴2年

――一歩進んだケアですね。ちなみに小平さんはどんな革製品が好みですか?

【小平】使い込まれていてくたっとしているけれど、しっかり手入れされているのがわかる革が好きです。飾っておきたくなるようなキレイな革製品もいいですが、やっぱり使ったときに一番美しくなるのが革本来の姿なのかなと思います。

――やはり“使用感”が革をより魅力的に見せるのでしょうか。

【小平】そうですね。使い込んだ革って"ぬけ感"とか“不完全感”があるんですよ。人も完璧すぎないほうが安心するし、親しみやすいじゃないですか。革も同じで完璧な新品よりはエイジングに個性が出ていて面白いものが、魅力的に見えるんだと思います。

問い合わせ情報

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GANZO本店 03-5774-6830

text:Kotaro Matsumoto(PRESIDENT STYLE)
photograph:Mutsuko Kudo