――そもそもポール・スチュアートは創業時からアングロ(英国調)アメリカンブランドだということですが、それは変わらないものでしょうか?

その通りです。ポール・スチュアートは1938年の創業以来、アングロアメリカンスタイルです。1950年代からはそのテイストをより強くしてきました。このスタイルは非常にパワフルで、コレクションを作るときは常に心に留めています。

――一方で、メンズウェアのスタイルはグローバルになっていると思われますか?

クラシックなメンズウェアの世界は変わっているともいえますし、変わっていないともいえます。ポール・スチュアートのストアにはいつもフランネル、格子柄、ストライプが変わらずに置いてあります。昔ならスーツにタートルネックのセーターを合わせるのは考えられませんでしたが、今では一般的なものに変わりました。スーツの機能が変わっていることも関係あるでしょう。今は誰もが紺のスーツを仕事で着る必要があるわけではないので替わりになるものが必要なんです。ビジネススタイルといっても過去のものとは違いますね。

――変わりつつあるメンズウェアの世界の中で、不変のポール・スチュアートのDNAとはなんでしょうか?

ポール・スチュアートのDNAは常にセンシビリティ(感受性)にあります。レジメンタルタイ、カラフルなニットウェア、フランネルのパンツ、スエードのシューズ、ベルベットの襟のついたクラシックなオーバーコート、とてもエレガントなスタイルです。私がDNAという時、それはポール・スチュアートのヘリテージを指しています。DNAを継承するために一見同じタイプの洋服を作っているようですが、シェイプは異なります。ショルダーは小さくなり、服の構造自体も軽くなっています。すべてがより軽量化されて、モダンになっているのです。ジャケットはもう重くて硬いものではありません。スーツの主流派いまだにネイビーとグレー、グレーフランネルにピンストライプと変化がないようにみえるかもしれませんが、スーツの内側は劇的な変化を遂げているのです。ポール・スチュアートは誰で、どんな洋服であるのか、そのDNAを失わず、構造や素材を進化させることによって、より現代的な服を作っています。

――すでにネイビーやグレーのスーツを持っている人でも、新しいタイプのスーツに更新していく必要があるということですね。

その通りです! つねに新しいものを買う理由はそこにあります。より軽く、より快適なスーツを着たら、もっとスーツを着たくなることでしょう。以前の古いスーツとは全く違っているはずです。さらに、ポール・スチュアートの哲学になんらかの創造性を加えたいと思っています。これが私の最優先事項です。同時に、ポール・スチュアートのDNAに新しいアイデアを持ち込むことも優先事項のひとつです。クラシックエレガンスと新しい機能性ファブリック、このふたつを一緒にすることなどがその例です。新しいポール・スチュアートは既存の顧客はもちろん、新しい顧客をも魅了するものとなっているはずです。

――機能性素材の人気が高まっています。ラルフさんも機能性素材にも興味があるとのことですが、ポール・スチュアートでは何がオススメですか?

海外に行くビジネスマンにとって、飛行機から降りた時にクリーンでフレッシュなまま着用できる、機能性素材を使った旅行用スーツはマストアイテムでしょう。こういうトラベルスーツはクラシックでありながら快適でもあります。最新のテクノロジーに身を包むということはゲームの先頭に立つことを意味しています。ビジネスマンには必須のマインドセットですね。

――男性がスーツを着る上で「快適さ」というのはひとつのキーワードになるのでは?

確かに快適さは鍵となりますね。最初のポイントは正しいフィッティングです。フィッティングが正しければ、スーツを着ること自体、快適なはずです。したがってもっとも重要な点はフィッティングです。他に気をつけるべき点はスーツの構造です。軽量なキャンバスや柔らかいショルダーパッドといった部分は着心地に大きく影響します。

――スーツ選びにフィッティングは不可欠な始めのポイントですね。そこから自分のオリジナリティを加えると。

そうなんです。体に良く合ったスーツから始めて、シャツやタイで自分の個性を出す。ドレスアップもカジュアルダウンにも対応できます。シャツはホワイト、ブルー、またはストライプなのか。自分にはどのシャツが似合って、快適なのかがわかれば、さらにスーツを着ることが楽しくなるはずです。

――ところで、全体の傾向としてカジュアル化が進んでいるわけですが、今、なぜビジネスマンはスーツを着てタイを締める必要があるのか、教えて下さい。

スーツを着ると気分がいいからです。タイドアップでレストランに行くと、予約していない時でもテーブルが取れます。

――ラルフさんであれば、何を着ていてもテーブルが用意されるのでは?(笑)

確かにきちんとした身なりでなくても、テーブルを取ることはできるでしょう。でも、それはいい席ではないはずです。スーツを着ると自分に自信が持てる。それがスーツを着る重要な理由のひとつです。スーツはエレガントで洗練されていてスタイリッシュです。スーツを着ることは自分自身を表現する良い方法のひとつなのです。もしビジネスカジュアルを着ていたら、上司なのか、配達員なのか、どの程度の役職の人間なのか、周囲の人はあなたが誰なのかわかりません。自信を持てる着こなしをしていたら、それは周囲に対するメッセージとなります。だからこそ、スーツを着る必要があるのです。スーツこそ男性の服装の中で最もパワフルなアイテムであり、人生のあらゆる場面で役に立ちます。

こんなエピソードがあります。ラルフ・ローレンで働く前に、オックスフォード・クローズ(全米でも有数のクオリティを持つ既製品ブランド)で働いていたことがあります。トランクショーをしていた時に、オックスフォードシャツを着たカジュアルな服装のお客様がいらっしゃいました。グッチのローファーといい身なりをして、美しい時計をしていたので、彼は裕福な方なのだろうと推察しました。

「スーツはもう着ないから必要ない」という彼に私はこう言いました。

「それはいかにも残念です。スーツを着れば必ずレストランで良い席に案内されるし、女性はポケットチーフが好きなのに。ちなみにご職業は?」

「ウォール街で会社を経営している」

「もし私が投資家なら、あなたの会社に投資するとしても1ドルだけですね。今日のお客様の服装ではお金を生むようには見えないし、パワーも感じられません。ウォール街で働いてるようには見えない。もし私が投資家なら、ゴードン・ゲッコー(映画『ウォール街』の主人公)に投資します。信用ならない男だとしても、金を生むように見えるからです」

「よし、わかった。生地見本を用意して見せてくれ」

私はブルー、グレー、ブラウンの生地見本を見せ、各色で最高の生地を薦めました。その結果、彼は約400万円分のスーツを購入したのです。そういうわけで、私はスーツの力を信じています。

――東京とニューヨークでは着こなしに違いを感じますか?

道行く人々を見ていると、そこまでの違いは感じられません。特徴があって面白い襟の形をしたシャツやユニークなアイテムを身につけている人がいる一方で、とても保守的な装いのひともいるといったように。一方でストアのスタッフのコーディネート、特にタイとシャツの組み合わせには違いを感じます。東京の方がディテールに注意を払っていて個性的、ニューヨークはもっとクラシックです。日本のビジネスマンはタイとシャツのユニークな組み合わせを好んでいるようですね。イタリアに行けば、これとは違うアプローチが見られます。ニュースを見ると、その国のスタイルとセンスがわかりますよ。

――最後に読者の方にメッセージをお願いします。

私の哲学は今まで話したこと、すべてが鍵となっています。清潔な身だしなみ、良いマナー、良い着こなしといったことですね。クレイジーな色彩で目立つ必要はありません。ホワイトかブルーのシャツにブルーのタイがあればいい。エレガントでドレッシーなジェームズ・ボンドは決して派手な着こなしはしていません。会社で働くにもデートにもこれが相応しい装いです。

長谷川喜美/Yoshimi Hasegawa
ジャーナリスト。イギリス、イタリアを中心にヨーロッパの魅力を文化の視点から紹介。メンズスタイル、車、ウィスキー等に関する記事を雑誌を中心に執筆。最新刊『サルトリア・イタリアーナ(日本語版)』(万来舎)を2018年3月に上梓。今年、英語とイタリア語の世界3カ国語で出版。著書に『サヴィル・ロウ』『ハリスツィードとアランセーター』『ビスポーク・スタイル』『英国王室御用達』など。

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