【吉村】野間さんにとって、カクテルコンペティションの意味あいは、どういうところにあるんですか?

【野間】広島でバーを営む人間として、コンペに出ることで、広島の街や文化レベルにもっと注目していただければ、と思っています。

【吉村】広島の文化に注目してもらいたいというところ。面白いですね。

【野間】そこが一番大きいです。この街のバー文化をもっと拡げていきたいんです。

【吉村】野間さんは広島のお生まれですか?

【野間】広島市内。といっても、山の中(笑)。学校を卒業してから、広島の老舗バーで働き、その後、ホテル・バー。やがて、自分の店をもつようになりました。いまは5つ店舗をもっています。


【吉村】最初の店は、おいくつのときに?

【野間】29歳です。自分を表現できる店は、やはり、自分でつくるしかないなと思って。店をつくるときも、空き店舗に入ると、その瞬間に店舗イメージができているんです。ここにカウンターがあって、ここにバックバーがあって、と。ですから店の基本イメージをプロの方に詳しく伝えて仕上げていただきます。


【吉村】つくるという意味あいではオリジナルカクテルの創作と通底してますね。


で、今回の受賞カクテル「Time with Elegance」をつくるときは、どういうイメージだったんですか?

【野間】創作カクテルを作る場合、ベースとなるお酒、今回はヘネシーのことをしっかり勉強してからカクテルのストーリーを作っていきます。

【吉村】「ヘネシーを勉強する」って、ヘネシーの何を勉強するんですか?

【野間】歴史です。創業者リチャード・ヘネシーの生い立ちやチャレンジ精神を知って、自分自身のテーマ=飽くなき挑戦を重ねあわせてつくりました。わたしも、妥協のない技術と情熱で、幾多の苦難を乗り越えていきたいと。

【吉村】ベートーベンに「苦悩を乗りこえて歓喜にいたれ」という言葉があります。まさにあれですね。蒸留って、醸造酒が火に焼かれて一度死んで、また再生するってことじゃないですか。お酒にとってまさに苦難。その苦難を乗り越え、樽のなかで熟成されて、コニャックは芳醇なお酒になりますよね。そこにも重なりますね。

【野間】ほんとうにそうですね。わたしたちバーテンダーは生産者の「思い」を伝えていくのが義務だと思うんです。カクテルに使うレモン一つとってみても、レモン農家を訪れて、どういうこだわりで作っているのかを訊き、カクテルを作るようにしています。

【吉村】良い素材にはすべて理由がある。根っこがある。その根っこの上に現在の樹々が立っている、ということですね。

後味がスッキリとして、最後まで楽しめる「Time with Elegance」は実際に店でも提供される予定

【吉村】さて、今回のカクテル「Time with Elegance」の発想はどこから来たんですか?

【野間】まず、ヘネシー X.Oを飲んだときの「優雅なひととき」のイメージがあって、それをシンプルに伝えたかったんです。いま、スタンダードなカクテル、クラシカルなカクテルが見直されてきてるんで、そこらへんも視野に入れて、シンプルにしようと。

【吉村】この「Time with Elegance」は、どこがシンプルなんですか?

【野間】ヘネシーX.Oのもっているさまざまな長所を伸ばしていくというシンプルな考え方です。

たとえば、ヘネシーX.Oの特徴のひとつにハチミツみたいな味わいと感覚があります。そのハチミツ感を増幅させようと、フランスのブランデーベースの薬草系リキュールを使っています。このリキュールにはヘネシーX.Oの「包みこむ甘美さ」を増幅してくれる蜂蜜っぽさがあります。

生クリームは、ヘネシーX.Oのまろやかさを、ますます円くしてくれています。

バニラミントシロップは、ヘネシーX.Oのバニラ香を増幅させます。

ミントは、甘口系カクテルの後口のべとつきをなくし、爽やかにしてくれます。すっきりしたアフターテイストは、ヘネシーX.Oの特徴でもあります。

ラプサンスーチョンという紅茶のビターズを3ダッシュ入れてるんですが、この紅茶は非常に強い燻香が特徴で、ヘネシーX.Oのもつスパイス香をより奥深くするために加えています。レシピの要素すべてがへヘネシーX.Oのポテンシャルを引き上げていく、という考え方です。

【吉村】長所をもっと伸ばしましょうよと。才能を伸ばす教育みたいな感じですね。

自らの理想を体現したという内装

【野間】(Time with Elegance のグラスをさっと出す)さ、どうぞ。

【吉村】(ひとくち飲んで)あ、これはおいしい。甘口かなと思っていたんですが、ぜんぜん甘くない。飲み終わると、サーッと液体が消えていきます。甘さがほんのり残るけど、けっしてベタつかない。紅茶のかすかな燻香が鼻に抜けていきますね。ヘネシーの柔らかくクリーミーな味のエッセンスがぜんぶ入っている。

とくにチョコレートの味がクーッと伸びてきますね。これを飲むと、良質なウイスキーがいかにコニャックを目指しているかがわかります。超高級ウイスキーと似た味わいです。両者はとても近いですね。

バーテンダーの才能は、お酒の本質にいかに迫るかってことですね。

【野間】そうです。お酒の本来もっている性格を理解しないとつくれないです。

【吉村】で、カクテル創作のために日ごろ、心がけていることは何ですか?

【野間】生産者を訪れたり美術館に行ったりすることです。アーティストがどういう思いで、この絵を描いたのか、そのストーリーを見るのが好きなんです。なんで、このタイトルなの? なんで、この絵になるのか? ぜんぜんわからないけど見てるんです。

カクテルも同じで、受け手のことを考えて自分の思いがどれだけ伝えられるか。そこのところがすごい大事ですよね。カクテルに接するのは人間だけですから。

【吉村】人間だけの楽しみ=バーでの楽しみ方、野間さんはどう考えられますか?

【野間】バーってルールがありますよね? その緊張感は大事です。

いろんなタイプのバーがあります。そこのカクテルが好きなのか、マスターに会いたいのか。それぞれお客様が好きなポイントが違いますから。ご自身が落ち着くところに行けばいいと思うんです。わたしはオーセンティックな店をやっているので、バーのルールはお客様にちゃんと伝えていかねばとは思っています。

上司や先輩が部下をつれていって、バーの楽しみ方を教えるというのは、昔はもっとあったんですが、いまはそれが少なくなってきている。そういう「お酒の学びの場」が減っている。飲み方がわからなくなっている。そんなシーンをよくお見受けします。なので、自分の立場で「バーの文化」を伝えていきたいと思っています。

基本に軸足を置きながら、新しい要素も積極的に取り入れるのが大事だと語る野間さん

【吉村】野間さんのお話をうかがっていると、スタンダードとは何かということに尽きますね。

【野間】そうなんです。カクテルもスタンダードなものに一番重きをおき、そこからアレンジしていこうと心がけています。ハイボールや水割りというシンプルなカクテルは、基礎がいかに大事かがわかる飲みものです。スタンダードなスタイルを守って、それをスタッフにも教えているんですが。

ただ、時代の流れに合わせて、バーの文化も動いていますので、トレンドはちゃんと見ていますし、新しい技法もやります。正しいテクニックだと理解できるものであれば、取り入れて、アレンジし、自分なりのものにする。それが「学び」だと思います。

【吉村】まさに松尾芭蕉のいう「不易流行」ですね。

不易=変わらぬもの、流行=変わるもの。その両方が必要だと。

野間さんのお話は、2点に集約されますよね。

まず、スタンダードであること。基礎が必要。

もう一つは、ストーリー。

このスタンダードとストーリーの掛け合わせだなと思いました。

たとえば、お客様のその日のストーリーを洞察して、微妙にレシピを変えますか?

【野間】それはあります。お客様の会話や表情、しぐさでレシピは変えます。それがバーテンダーの仕事だと思います。お客様のその日のストーリーを読み込んでいくことが大事。けっこう飲んでいらっしゃるようでしたら、いつもと同じ強いマティーニを出さずに、すこし甘みを強くするようにしたりとか、弱めにベースを作ったりだとか。それは何も言わずにいたします。

【吉村】バーテンダーは、「心のお医者さん」のような気がしますね。

【野間】おっしゃる通りで、バーはホスピタルといわれてます。毎日いらっしゃるお客様でも時々刻々、気持ちが違います。そのときの気分にやわらかく対応していきます。

【吉村】こういう「心のお医者さん」がいらっしゃると、ぼくら患者は、とってもうれしいです(笑)

問い合わせ情報

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Top NoteⅢ
住所:広島県広島市中区紙屋町1‐4‐3 2階
TEL:082-258-1277
営業時間:18時~翌2時(日曜定休 ※月曜祝前日は日曜営業)

interview & text:Nobuhiko Yoshimura
photograph:Kunihiro Fukumori