時計好き、その中でも歯車やテンプの動きに惹かれるメカ好きであれば、画期的なムーブメントを待ち望む人も多いことだろう。近年はこうした開発が見られにくくなっていたものの、今年はそんな消沈ムードを払拭するような新型ムーブメントがいくつも見られる当たり年となった。
それらの新型ムーブメントを眺めてみると、進化の方向性は各社各様、時計づくりのDNAに基づいている点が興味深い。高振動と超低振動という2つの異なる振動数のテンプを備えたヴァシュロン・コンスタンタンの「ツインビート」は、「時計が止まると永久カレンダーの表示すべてが止まってしまい、修正するのが面倒だ」というユーザーの声から開発された。このブランドが重視するユーザビリティーの追求という流れの中に置くことができる。
高振動クロノグラフキャリバー「エル・プリメロ」を有するゼニスは、その精度追求の歴史に新たな頁を書き加えるように毎時12万9600振動という驚異的なハイビートムーブメントを発表。タグ・ホイヤーは、車の世界との強い結びつきを想起させるような、耐衝撃性・耐温度変化に優れた新型キャリバーを完成させた。そして極め付きはシチズン。エレクトロニクスと部品加工技術を駆使して、年差±1秒という高精度を実現。“精度追求をやめたら時計屋にあらず”とでも言わんばかりの意地とプライドを感じさせた。
こうした時計は研究・開発に多大なコストを要するため、おいそれと買える価格ではないかもしれない。ただ、これらの時計を手にすることは時代の最先端を手にすることと同義であり、イノベーティブな個性を主張することにつながる。ビジネススタイルにおいてこんなアイテムはほかにない。
カレンダー修正の煩わしさを大胆な発想で解消
ヴァシュロン・コンスタンタン「トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー」
毎時3万6000振動(5Hz)と毎時8640振動(1.2Hz)という振動速度が異なる2つのテンプを搭載した新型キャリバーを備えたモデル。2個の主ぜんまいを備え、それぞれのテンプに動力を送る。パワーリザーブは5Hzのアクティブモード時で4日間、1.2Hzのスタンバイモード時では65日間以上となる。満量時には着用せずとも2カ月以上も動き続ける計算だ。8時位置のプッシャーでモード切り替え、9時位置のインジケーターでモード表示を行う。12時位置に2つのぜんまいの残量計を備える。
振動数は通常の4倍以上。機械式の新基軸を打ち立てる
ゼニス「デファイ インベンター」
2017年に10本限定で販売された超高振動ムーブメントが、今年レギュラーコレクションとなって登場。300年以上変わらないテンプを用いた調速機構を、「ゼニスオシレーター」というハイテク部品に置き換えた。複雑な形状の単一結晶シリコン製パーツがテンワとひげぜんまいの役割を担い、6時位置のガンギ車とともに調速を行う。振動数は毎時12万9600振動と通常の4倍以上の高振動。ネーミングのインベンターとは「発明者」のこと。名前通り画期的な発明だ。
時計の心臓部、ひげぜんまいを新素材で革新
タグ・ホイヤー「タグ・ホイヤー カレラ キャリバー ホイヤー02T トゥールビヨン ナノグラフ」
機械式時計の精度を大きく左右する繊細なパーツであるひげぜんまいを、世界で初めてカーボンコンポジット製としたナノグラフという機構を発表。いきなりトゥールビヨンモデルに搭載して話題となった。これまで高性能のひげぜんまいといえばシリコン製が大半だったが、軽量で強靭なカーボンコンポジットに置き換えることで、さらに温度差や衝撃への耐性が高まったという。その姿は6時位置、三つまたのネオングリーンの部品の内側に垣間見える。COSC認定クロノメーター。
1年3150万秒以上、誤差はそのうちの“1秒”
シチズン「ザ・シチズン Caliber 0100」
各種電波など外部情報に頼らない時計としては史上最高精度となる、年差±1秒を実現したモデル。この時計のために投入された技術、開発は主なものだけでも以下の通り。一般的な音叉型水晶振動子の250倍以上の周波数を持ち、温度差や姿勢差への耐性に優れるATカット型水晶振動子の採用、従来よりも精密な部品製造が可能なLIGA工法(微細構造物形成技術)の導入、歯車のわずかな遊びを抑制する特殊部品(3番戻し車)の新開発など。クオーツでは異例のシースルーケースバックを採用。シチズンの集大成的なキャリバーであることがわかる。
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