高級時計の景色が一変、各社各様「らしさ」が見える
スイス時計産業が、一つのターニングポイントを迎えた。2008年のリーマンショック以降、スイス製腕時計の輸出は右肩上がりに回復してきたが、2015年は一転して減少する結果となった。スイス時計協会FHによると、昨年の腕時計の総輸出額は対前年比3.6%の減少。最大の輸出先である香港向けが28.2%減、中国向けも15.8%落ち込んだ。だが、この状況に対して業界全体に悲観的な空気は少ない。あるブランドのトップは「世界的な景気減退、テロや難民問題など不安要素は多いが、われわれはいつの時代も困難を乗り越えてきた。前進あるのみだ」と力強く話す。また日本市場をいま一度重視するブランドも見られ始めた。中国や中東への輸出減を補った市場の一つがほかならぬ日本であり、インバウンド効果もあって昨年の日本への輸出額は対前年比8.1%の伸び。香港、アメリカに次ぐ第三の市場である日本に目が向くのもうなずける。
さて、そのような状況で迎えた新作発表会では、やはり機能を絞って価格を抑えめに設定したいわゆる“売りやすい”時計が例年より多く見られた。だからといって画期的な開発がないかといえばそんなことはなく、各ブランドが自社の得意な分野で実力を発揮したというのが全体の印象である。近年の時計業界の動向を振り返ってみると、21世紀はトゥールビヨンを中心とした複雑機構開発競争で幕を開け、さらに新進ブランドなどが打ち出すインパクトの強い時計が市場をにぎわせた。かつてないほどの世界的な高級時計ブームが巻き起こったが、リーマンショックを機にブームが一段落すると、各ブランドは地に足の着いた実直な開発へとシフトし、その後は自社のオリジンに基づいて独創性を強調した開発を進めてきた。そうした開発の流れが一段と加速したのが今年である。
独自の「エレガンス」を打ち出したカルティエやシャネル、一貫して「メカニズム」に固執するオーデマピゲやA.ランゲ&ゾーネ、技術や素材で「クラシック」を進化させるブレゲやショパール、そして男の趣味嗜好を物語る「スタイルシンボル」としての時計をつくるIWCやウブロ……と、開発の方向性は各ブランド各様、言い換えれば新作をつぶさに見ていくとそのブランドが得意とするものが見えてくるのである。いま高級時計の世界に大きなトレンドはなく、あるのはブランドの英知を結集したオリジナリティーだ。「これぞブランド」と呼ぶべき力作がそろった新作発表会だった。
本特集では、2016年のSIHH、WPHH、バーゼルワールドで発表された新作の中から、「エレガンス」「メカニズム」「クラシック」「スタイル」というテーマに沿って、注目の腕時計を紹介していく。
・エレガンスの解釈――カルティエ Cartier
・新作オーヴァーシーズに見る現代の美意識――ヴァシュロン・コンスタンタン VACHERON CONSTANTIN
・技術は薄型のために、エレガンスは薄型のために――ピアジェ PIAGET
・ダンディーのDNA――シャネル CHANEL
・ミニッツリピーターの新地平をひらく――オーデマ・ピゲ AUDEMARS PIGUET
・複雑時計の基礎にある「メカニカル・マスターズ」――A.ランゲ&ゾーネ A.LANGE & SOHNE
・全機能が統合された力作クロノグラフ――パルミジャーニ・フルリエ Parmigiani Fleurier
・パワー全開、実用の新基準へ――オメガ OMEGA
・深く静かに進化するオンリーワン――グランドセイコー Grand Seiko
・高級時計の歴史が見える――ブレゲ BREGUET
・1996年、L.U.Cは事件だった――ショパール Chopard
・反転ケースの魅力――ジャガー・ルクルト JAEGER-LECOULTRE
・“陸海空”のロマンを載せて――アイ・ダブリュー・シー IWC
・男の個性を切りひらく――ウブロ HUBLOT
・優雅な遊び心があふれる――ルイ・ヴィトン LOUIS VUITTON
・アクセル全開、前衛のスピリット――タグ・ホイヤー TAG Heauer
※本記事は『PRESIDENT』2016年7.12号に掲載された記事をweb用に再編集したものです。
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